我妻善逸は師匠の誇り?善逸とじいちゃんについてをご紹介

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我妻善逸と師匠である桑島慈悟郎の関係は、師弟という言葉のみで語ることは出来ません。

家族のいなかった善逸にとっては、初めて家族と言える存在でした。

慈悟郎からしても「じいちゃん」と呼ばれると師範と呼ぶように諭しながらも、善逸との家族に近しい関係を喜んでいたように見えます。

善逸のことを叱りながらも見捨てずにい続けたところに、期待や彼にならば出来るというそんな感情が込められているのではないでしょうか。

今回は、我妻善逸の師匠との師弟を超えた関係についてをまとめていきたいと思います。

我妻善逸は師匠の誇り?

我妻善逸は師匠の誇りだったか。

これは本編での慈悟郎の言葉に「お前は儂の誇りじゃ」というセリフがあり、この言葉の通りです。

雷の呼吸の中で壱ノ型しか使うことができなかった善逸。

それでも工夫を重ね、会得した善逸の努力と目的を達した姿こそが慈悟郎の誇りだったのではないでしょうか。

善逸と慈悟郎の関係性、絆についてをご紹介していきましょう。

修行の中で

雷の呼吸を善逸が会得するための修行に勤しんでいた頃、慈悟郎とは同じ屋根の下で生活をしていました。

善逸は捨て子だったため、こういった状況は初めてだったのではないでしょうか。

慈悟郎は善逸の弱音や甘えを叱咤激励しながらも見捨てることは決してありませんでした。

それは善逸への期待でもあり、彼自身に向ける愛情でもあったのでしょう。

しっかりと育まれた人間関係によって、互いを尊重し誇れる弟子だと慈悟郎は考えていたに違いありません。

師弟の絆

二人には師弟の絆で結ばれていました。

修行をする日々の中、その合間にある日常生活の中でそれは間違いなく培われています。

残念ながら善逸とともに修行した兄弟子は、鬼となってしまい慈悟郎もその責任を負って切腹して命を落としました。

ですが、それを知ってなお兄弟子だった鬼の頸を落としたことを、あの世とこの世の間から善逸に感謝していたのです。

それが上でもお伝えした善逸が慈悟郎の誇りだったと、はっきりと明言するシーンでした。

叱咤激励を望む

鬼舞辻無惨との最後の戦いの中、善逸もまた必死に戦います。

しかし霹靂一閃とその派生の技しか使うことができない善逸は疲弊していきました。

霹靂一閃はそもそも一撃必殺の技で、長期戦には不向きだったのです。

何度も出せば大きく体力を消耗し、技の精度もどんどん下がっていきます。

それでも無惨の頸は斬れず、炭治郎も伊之助も目の前で必死に戦っていました。

何か役に立たなければと、そう思った時に善逸が思い浮かべたのが慈悟郎です。

善逸は慈悟郎に「俺の背中を蹴っ飛ばしてくれ」と想いながら、再び霹靂一閃を放ったのでした。

まとめ

弟子である善逸と、その師匠である慈悟郎についてご紹介してきました。

二人は血縁関係はありませんでしたが、それ以上の強い絆で結ばれていたように思います。

お互いがお互いを信じていることのわかる彼らの姿は、感動を覚えるものでした。

きっとこの絆も善逸が最後まで戦うことができた理由だったのでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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