遊郭編において、上弦の陸という強敵を前に、我妻善逸が最後に出した大技「霹靂一閃・神速」。
善逸は、これまでも同期の竈門炭治郎&嘴平伊之助と一緒に任務地に赴くことはありましたが、実際に戦うときはなぜかいつも別行動でした。
そういった意味で、遊郭編は「同期と連携をとった初めての戦いだった」とも言えます。
「霹靂一閃・神速」は、その仲間たちとの戦いの中、絶体絶命のピンチに陥ったときに繰り出された技でした。
今回はこの技についての解説と、「2回しか使えない」というセリフに師匠が深く関係しているという考察をしていきます。
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霹靂一閃・神速は「雷の呼吸・壱ノ型」の究極版
【雷の呼吸の極意】
雷の呼吸は速度を重視した技が多い。足の筋肉繊維、血管の一本まで意識することで、稲妻の如き動きとなれるはずだ。
公式ファンブック『鬼殺隊見聞録・弐』
「霹靂一閃」最大の特徴はスピード
善逸が放つ「雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃』」の最大の特徴は「スピード」。
炭治郎の水の呼吸や伊之助の獣の呼吸と比べても「速さ」が際立っています。
その極意を善逸から聞いたことがあった炭治郎は、片足を負傷した状態でも爆発的なスピードを出すことに成功。
上弦の肆・半天狗との戦いで大いに役立ったのでした。
「霹靂一閃・神速」は2回しか使えない
「霹靂一閃・神速」は、その名のとおり、神業のような速さを誇る技。
「霹靂一閃」が炭治郎に語っていたとおりの動きだとすると、力を溜めるのは片足のみで、その足にものすごく負担がかかることになります。
それが「霹靂一閃・神速」ともなると、ここまで鍛え上げている善逸でも、2回までにとどめておかないと足が駄目になってしまうほどでした。
「霹靂一閃・神速」を使った場面
遊郭での上弦の陸戦
善逸が初めて「霹靂一閃・神速」を披露したのは遊郭編で、この瓦礫(がれき)から抜け出すとき。
「神速」がスピードだけではなく、パワーも増す技だったことを伺わせるものでした。
実際に抜け出すときの様子は描かれていませんが、上弦の陸・堕姫に攻撃を仕掛けた直後の「瓦礫から抜けるために一度使っていて後がない」というセリフから、堕姫の攻撃に使ったのが2回目だったことがわかります。
善逸は、瓦礫の下敷きになっても、機会を伺っていたのでしょう。
炭治郎の作った千載一遇のチャンスを逃さず、2回しか使えない「霹靂一閃・神速」を連続で出し、堕姫に攻撃をしかけたのです。
そのスピードは、善逸の攻撃を見慣れていたはずの堕姫でさえ反応できないものでした。
ただ相手も「上弦の陸」、善逸一人では責めきれず、最終的に伊之助が加わってくれたことで、ようやく堕姫の頸を斬ることができたのです。
最終決戦地での鬼舞辻無惨戦
最終決戦地で、善逸は最初に兄弟子だった獪岳と対決し、勝利しています。
ただ、負った傷は深く、一時は生死の境をさまよっていました。
それでも愈史郎の救護により、なんとか戦いに復帰できるまでに回復。
伊之助&栗花落カナヲとともに、鬼舞辻無惨と戦い続ける柱たちや炭治郎と合流し、最後の戦いに挑んでいきました。
無惨は斬っても斬っても瞬く間に体が再生し、さらに頸を斬っても死なないという状態。
倒すには太陽の光に当てるしかなく、夜明けまで外にとどめておかなければなりませんでした。
それは鬼殺隊が「夜明けまで無惨に殺されずに生き残っていなければならない」ということでもありました。
この攻撃のあと、善逸は両足が効かなくなり、自力では動けなくなっています。
無惨が消滅してから隠の力を借りて立ち上がり、3か月後にはもうしっかり歩いていたものの、それでも後遺症は残ったままになりました。
「神速」以外の「霹靂一閃」バリエーション
善逸は、雷の呼吸の中で「壱ノ型・霹靂一閃」だけしか習得できませんでした。
その代わり、同じ「霹靂一閃」の中にバリエーションを持たせています。
霹靂一閃
この場面の前までは、ただやかましい弱虫な少年にしか見えなかった善逸。
明らかに自分より年下の正一くんにしがみつくなど、とても剣士とは思えない姿でした。
ところが、恐怖で気を失って寝てしまうと鬼殺隊士として覚醒し、目にもとまらぬ速さで鬼の頸を切断。
「霹靂一閃」は、真っ直ぐな動きが特徴です。
霹靂一閃・六連
那田蜘蛛山
善逸は炭治郎&伊之助とともに那田蜘蛛山に向かいましたが、山から漂う不気味な雰囲気に怯え、二人と一緒に入山することができませんでした。
しかし、炭治郎に背負われたまま山に連れて行かれた禰豆子を守るため、遅れて一人で入って行きます。
そこで遭遇した蜘蛛の鬼(通称・兄蜘蛛)に刺され、だんだん体が毒に侵されていく中、またもや気を失って覚醒。
このとき披露した「霹靂一閃・六連」は、直線の攻撃をジグザグに6回繰り出すものでした。
無限列車
無限列車での善逸は恐怖で気を失ったのではなく、下弦の壱・魘夢の血鬼術によって眠らされた状態でした。
煉獄杏寿郎と伊之助は禰豆子の血鬼術によって完全覚醒していますが、善逸はいつものように寝たまま戦っています。
おそらく魘夢の血鬼術からは覚めていたのでしょうが、近くに強い鬼がいることも察知していて、無意識に「いつもの眠ったまま覚醒状態」になっていたのかもしれません。
霹靂一閃・八連
遊郭編では、初めて上弦の鬼と戦いました。
善逸はまた寝ている状態なのですが、厳しい修行を重ねた結果、着実に力をつけており、それまでの「六連」よりも攻撃力の高い「八連」を繰り出しています。
先に上弦の陸・堕姫と戦い、特性を知っていた炭治郎から、グネグネと柔らかく動く堕姫の頸を斬るには「複数の方向から刃を入れる必要がある」と言われ、「それなら俺が!」と、頸を斬る役目に立候補したのが二刀流の伊之助。
そして善逸と炭治郎は、鬼の頸を斬るためではなく、鬼の方へ向かって行く伊之助を援護するために技を出していきました。
そして伊之助も二人の援護を信頼し、防御をせずにただ堕姫の方へ猛進して行って頸を斬ったのです。
しかし、このとき宇髄天元と戦っていたはずの妓夫太郎が堕姫を助けに来たことで状況は一変、鬼殺隊は絶体絶命の大ピンチに陥ったのです。
善逸は破壊された建物の下敷きになり、そこから抜け出すために出した技が「霹靂一閃・神速」でした。
2回しか使ってはいけない、つまり「できるだけ使わずにおきたかった技」を出さざるを得ないほど、上弦の鬼は強かったことになりますね。
「霹靂一閃・神速」を善逸以外で使ったのは誰?
作中で、善逸以外に雷の呼吸を使う人物として描かれているのが、兄弟子の獪岳(かいがく)と師匠の桑島慈悟郎です。
ではこの二人は「霹靂一閃・神速」を使っていたのでしょうか?
兄弟子・獪岳は使っていない
善逸の兄弟子・獪岳は、師匠の桑島慈悟郎から「雷の呼吸の継承者」と認められていた実力者でした。
しかし、弱虫の善逸が自分と同じく継承者とされていたことが気に食わず、善逸にはいつも厳しく当たっています。
善逸と再会した無限城
善逸が雷の呼吸の「壱ノ型しか使えない」のは、那田蜘蛛山で明らかになっていました。
そして兄弟子の獪岳が「壱ノ型だけ使えない」ことは、最終決戦地の無限城で二人が再会したときの善逸のセリフにより、初めて判明しています。
一見、「ひとつの技しか使えない善逸」よりも「できない技がひとつだけの獪岳」の方が強そうに思えますが、必ずしもそうではなかったようです。
獪岳は壱ノ型である「霹靂一閃」が使えませんでしたので、「霹靂一閃・神速」も使えなかったことになりますね。
勝負を決した技は「漆ノ型・火雷神(ほのいかづちのかみ)」
我妻隊士が独自に考案した、閃光が走るが如く速き、究極の一撃。全神経を足に集中し刀を振り切ることで、瞬く間もなく上弦を斬り伏せた。この技でかつての兄弟子と肩を並べて戦うことを望んでいた。
公式ファンブック『鬼殺隊見聞録・弐』
善逸が、鬼になってしまった兄弟子・獪岳に対して出した「漆ノ型・火雷神」は「霹靂一閃」と違って、軌道が直線ではありませんね。
ただ、「壱ノ型・霹靂一閃」を極めた善逸が編み出した技ですので、基本的なところは「霹靂一閃」と同じなのかもしれません
獪岳につきましては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
師匠・桑島慈悟郎は使っていた
善逸が自分で編み出したのは「漆ノ型・火雷神(ほのいかづちのかみ)」だけですので、「霹靂一閃・神速」は、師匠の桑島慈悟郎から教わった技だと考えるのが自然でしょう。
そして、戦いの中で「神速が使えるのは2回まで」なのを教えてくれたのも、もちろん師匠だったはず。
では「2回」という根拠はどこにあったのでしょうか。
「2回しか使えない」根拠は師匠自身
善逸の師匠・桑島慈悟郎は右足が義足で、これは鬼殺隊の柱だったときに負った怪我だと思われます。
おそらく、この怪我が原因で鬼殺隊を引退し、育手となったのでしょう。
この状況から推測できるのは、桑島慈悟郎は「霹靂一閃・神速」を3回使ったことで、右足を失ってしまったのではないか、ということ。
実際に自分が体験したことなので、善逸に「同じ戦いの中で霹靂一閃・神速は2回しか使ってはいけない。足が駄目になる」と教えることができたのではないかと考えられます。
まとめ
善逸は最後の鬼舞辻無惨戦でも2回「霹靂一閃・神速」を使いました。
その後、日常生活には支障のない程度に回復していますが、1年経っても、早朝や長時間歩いた後、そして雨の日前後はかなり足が痛んでいたそうです。
2回でここまでの後遺症が残ったのであれば、もし3回使ってしまったとしたら、やはり足が駄目になる事態は避けられなかったでしょうね。
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