遊郭の『妓夫太郎&堕姫』は「兄妹二人でひとつ」、その強い絆は竈門兄妹にも負けない!

十二鬼月
©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

『鬼滅の刃』は、主人公の竈門炭治郎が、鬼にされた妹の禰豆子を助けるため(人間に戻すため)に戦う物語です。

そして遊郭編で登場する『上弦の陸(ろく)』は、兄の妓夫太郎(ぎゅうたろう)が妹の「梅」を助けるために二人で鬼になり、兄は妹をずっと守り続けています

人間と鬼、立場は違っても「兄として妹を守る」その強い思いは同じ

鬼版『兄妹の絆』とは、果たしてどのようなものだったのでしょうか。

『上弦の陸(ろく)妓夫太郎・堕姫』が遊郭に棲んでいる理由

元々、妓夫太郎・堕姫遊郭に生まれた人間だった

妓夫太郎と梅(後の「堕姫(だき)」)兄妹は、遊郭の最下層の家に生まれました。

子供は生きているだけでお金がかかるので迷惑な存在でしかなく、妓夫太郎は母親のお腹にいるときも生まれてからも、何度も殺されそうになっています。

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

「俺は醜かったし汚かった。いつも垢まみれ、フケまみれ、蚤(のみ)がついたひどい臭いで、美貌が全ての価値基準である遊郭では、殊更(ことさら)忌み嫌われた、怪物のように」

コミック第11巻

遊郭で居場所ができたのは「梅」が生まれてから

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

梅のような美しい妹がいることで、それまでの劣等感も吹き飛ばされた妓夫太郎は、自分が喧嘩に強いことに気づき、取り立ての仕事に就きます。

顔が不気味なことでみんなに気味悪がられ、恐れられましたが、取り立ての仕事にはそれが好都合であり、初めて自分の容姿を誇らしくも思いました。

そしてこれからは自分たちの人生が良い方へ回っていくような気がしていたのです。

「梅」が焼かれて瀕死に

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

遊郭へ入った梅は、侍の目をかんざしで刺して失明させるという事件をおこします。

その報復として梅は侍に丸焦げに焼かれ、瀕死の状態に。

そこに仕事から帰った妓夫太郎があらわれます。

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

妓夫太郎は自分たちの身にはいつまでも悪いことしか降りかからない理不尽さに、絶望を感じていました。

鬼になったのは「二人で生き延びるため」

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

梅は焼かれてすでに瀕死の状態で、妓夫太郎も雪の中で行き倒れになり、このままでは二人とも死んでしまう、そんなとき、当時の上弦の陸・童磨が妓夫太郎の前に現れ、鬼になるよう誘います

こういった誘いに乗って鬼になったことを後悔する者もいますが、妓夫太郎は鬼になったことを最後まで後悔していませんでした。

それどころか「俺は何度生まれ変わっても必ず鬼になる」とさえ言っています。

それは「人間だった頃があまりに酷すぎたから」かも知れません。

遊郭は鬼にとって都合の良い場所

遊女がいなくなっても「足抜け」と思われるだけ

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第9巻

遊郭でいう「足抜け」とは、借金を返さずに逃げてしまうことを指します。

家の借金を返すために仕方なく遊女をしていた女性も多く、中にはその途中で逃げてしまう人もいたのです。

もちろん、見つかれば後で酷い目に遭うのですが、稀に逃げ切る人もいたそう。

つまり、誰かが急にいなくなっても怪しまれる場所ではないため、「殺してしまっても気づかれない」ということになりますね。

「夜の街」なので、昼間外に出なくても怪しまれない

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第9巻

炭治郎の言うとおり、都合の良いことばかりではありませんが、長年遊郭に棲んでいるということは、やはり「都合が悪いことよりも良いことの方が上回っている」ということなのでしょうね。

ちなみに、右の可愛い子は伊之助です。(炭治郎が可愛くないという意味ではない)

堕姫はその美貌から花魁(おいらん)で居続けていますが、さすがに同じ店に何十年もいると怪しまれるので、およそ10年ごとに顔や年齢を変えていろんな店を渡り歩いていました。そして名前には「姫」の字を好んで付けていたそうです。宇髄さんたちが遊郭に乗り込んだときは「蕨姫(わらびひめ)」という名前の花魁でした。

妓夫太郎&堕姫「二人でひとつ」でいる理由

正体を隠すため

鬼である彼らにとっては、二人がバラバラでいるよりも一体にまとまっている方が正体を隠しておきやすかったと思われます。

特に妓夫太郎の容姿は(悪い意味で)強烈なので、目立ちすぎてしまいます。

逆に堕姫の美貌は遊郭にはもってこいなので、普段は堕姫の姿でいることが二人にとっても好都合だったと考えられますね。

ただし、堕姫の姿では『上弦の陸』本来の強さが出せない

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第10巻

一応、堕姫も過去に『柱』を7人倒しているほどの強さを持っていました。

しかし、テレビアニメの柱合会議でのお館様のお言葉を借りれば「今ここにいる柱は、戦国の時代、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭たちがそろった」、つまり、宇髄は今まで堕姫が相手にしてきた柱たちよりも遙かに強かったと考えられます。

宇髄の考えていた『上弦の鬼』はもっと強い

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第8巻

無限列車編では、煉獄さんほどの剣士が負けてしまったことで、宇髄は上弦の鬼がどれほど強いのかを思い知らされました。

煉獄さんのときの相手は『上弦の参』で、『上弦の陸』より格上ですが、そこを考慮しても、宇髄にとって堕姫は上弦とは思えない「弱すぎ」な相手だったようです。

妹が危ないときはすぐに助けることができる

いざというときだけ現れる「兄」

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第10巻

堕姫が宇髄にあっさり頸を斬られ、悔しくて泣き叫びながら兄を呼ぶと、普段は妹の体の中に潜んでいる妓夫太郎が、背中から姿を現しました。

今までにない事態にさすがの宇髄もしばし混乱しますが、兄の方の動きとただならぬ雰囲気、そして頸を斬っても死ななかった妹の状況から、この兄妹が二人で一体であることに気づきます。

「本体は兄」で、妹を操作することもできる

普段の堕姫は女王様のごとく自分の好き勝手に振る舞っていますが、自分の手に負えない相手に遭遇すると、たちまち子供のようにどうしようもなくなります。

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第10巻

体が二つに分かれても、実質「本体」である兄は妹の知り得た情報も自分のものとして蓄積・分析することができ、それに応じて妹の動きを操作することが可能でした。

堕姫が「じゃあそういうふうに操作すれば良かったじゃないアタシを」と言って妓夫太郎を責めている場面があるので、堕姫は兄が自分を操作できることを知っていて、また、それによって今まで生きてこられたこともわかっているようですね。

どちらかの頸を斬っただけでは死なない

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第10巻

妓夫太郎と堕姫は、片方の頸を斬っただけでは死なずに再生してしまうので、宇髄の言うとおり二人の頸を同時に斬らなければなりません。

これまで彼らと対戦してきた剣士たちの中にも、そこまでは気づいていた者もいたでしょう。

しかし、頭ではわかっていても実際にはそれができなかったために、この兄妹を長年にわたり上弦に君臨させてしまっていたのでした。

宇髄さんの背後に煉獄さんの姿を見ていたのは俺です。戦いの中での宇髄さんのリーダーシップぶりに、煉獄さんを思い出さずにはいられなかったんです。

「全く同時ではなくてもいい」と気づいた剣士

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

「同時に斬らなければいけない」とは言っても、それには「幅」があることに気づいた剣士がいました。

半分寝ているために冴えていた善逸です。

あまりの冴え具合に、伊之助がめずらしく善逸を褒めていたほど。

竈門兄妹とのいちばんの違いは「妹の差」?

炭治郎と妓夫太郎、どちらも「兄として命がけで妹を守っている」というところは同じです。

では、妹の方はどうでしょう?

自分を守ってもらうことしか考えていなかった堕姫

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

妹の堕姫は、どんな状況でも「お兄ちゃんは自分を守ってくれる」と信じて疑いませんでした。

そしてもちろん、妓夫太郎もそのつもりでいつも堕姫を守っていましたが、このときはさすがに文句のひとつも言いたくなったようです。

堕姫の「ワガママ」は、兄への信頼の裏返し

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

堕姫がここまで自己中になれるのは「妓夫太郎に裏切られたことがなかったから」とも言えます。

「もしかしたら助けてもらえないかも。自分でなんとかしないといけないのかも」という状況になったことがなかったのでしょう。

禰豆子の場合は自分も弟や妹のいる「姉」だったので、そこが堕姫とは大きく違う点です。

しかし、もし炭治郎と禰豆子が二人だけの兄妹だったとしても、温かい家庭で愛情いっぱいに育てられた禰豆子が「なんでお兄ちゃんは私を守ってくれないの!」と言う姿は、やっぱりちょっと想像できませんね。

妓夫太郎にも不満はあった、けれど・・・

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

「売り言葉に買い言葉」で、妓夫太郎もそれまでの不満をぶちまけます。

しかしそれでも他人に対する罵声とは全然違っていて、肉親に対する愛情が感じられるような気がします。

ただこの後、「お前なんか生まれてこなければ良かっ・・・」と言いかけたとき、炭治郎が妓夫太郎の口を塞ぎました。

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

二人が言い争っているところを、眉をひそめながら見ていた炭治郎(と禰豆子)でしたが、さすがにこのセリフには妓夫太郎の口を塞がずにはいられなかったようです。

それが妓夫太郎の本心ではないことを、炭治郎はちゃんとわかっていたのですね。

彼らの間に割って入るつもりはなかったけど、同じ「兄」として、妓夫太郎にその言葉を口にさせてはいけないと思ったし、「妹」にも聞かせたくなかった。この二人のしてきたことは絶対に許されないけれど、彼らがお互いを罵り合うのだけはやめてほしかったんだ。二人だけの兄妹なんだから

兄と妹、それぞれの本心

妹のことが心残りだった兄

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

妓夫太郎は、自分が梅の育て方を間違ったのではないかと思っていました。

自分とは違い、綺麗な顔の梅なら、もっとうまく立ち回れば幸せになれる道もあったのではないか、と。

しかし、このとき梅が侍の目を突いたのは自分を守るためではなく、妓夫太郎を侮辱されたからだったのです。

兄のことが本当に大好きだった妹

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻

最後、妓夫太郎は梅のことを思って突き放そうとしますが、梅の方は何があっても兄と離れたくないと思っています。

妓夫太郎に「ついて来んじゃねぇ!」と言われても「嫌だ嫌だ」と離れないのは、いつもの単なるワガママだったのかも知れませんが、心の奥底では「お兄ちゃんは絶対に私を見捨てない」という確信があったのでしょう。

そしてそんな兄にくっついてひたすら甘えることが、精神的に幼い梅の、兄への精一杯の愛情表現だったのだと思います。

もし妓夫太郎だけで戦っていたら?

この兄妹が倒された後、鬼舞辻無惨は他の上弦の鬼たちを集め、こう言っています。

「妓夫太郎は負けると思っていた。案の定、堕姫が足手纏いだった。始めから妓夫太郎が戦っていれば勝っていた。(中略)人間の部分を多く残した者から負けていく」

コミック第12巻

「自分だけが生き延びられればそれで良い」と考えている無惨らしいセリフです。

しかし妓夫太郎にとっての堕姫は決して足手纏いなどではなく、むしろ「できるだけ妹の好きなようにさせてやりたい」と思っていたように感じられます。

「その上で守ってやる」のが自分の役目であり、仮に妹を封じ込めて自分だけで戦っても、それは本当に妹を「守っている」ことにはならなかったのではないでしょうか。

炭治郎が危険な戦いの場へ禰豆子を連れていくのも、それが禰豆子の願いだからです。

©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

まとめ

『鬼滅の刃』では、悪役である鬼の悲しい過去にもたくさん触れられていて、「ただ嫌な奴、悪い奴」というわけではないことを教えてくれています。

その中でも、この「妓夫太郎&堕姫」の兄妹愛は、彼らの残虐性を見せられてもなお哀しく、心に残ります。

そして最期、妓夫太郎は突き放しても離れなかった梅を背負い、どこまでも一緒に行くことを選んだのでした。

©吾峠呼世晴/集英社 コミック第11巻
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