「炭治郎、この神楽と耳飾りだけは、必ず、途切れさせず継承していってくれ。約束なんだ」
コミック第5巻
これは、炭治郎の父・炭十郎の言葉です。
そしてその「約束」は、炭治郎の先祖にあたる炭吉(すみよし)が戦国時代に交わしていたものでした。
今回は「なぜ作中に戦国時代の先祖が出てくるのか」、そして「その先祖が炭治郎に伝えたかったこととは何なのか」を解説&考察いたします。
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竈門炭治郎の先祖・炭吉の登場理由
継国縁壱のことを伝えるため
炭治郎の先祖・炭吉は、戦国時代に実在した『継国縁壱』という剣士と直接交流がありました。
継国縁壱は、自身の編み出した『日の呼吸』で、あの鬼舞辻無惨を死の淵にまで追い詰めたほどの天才剣士でしたが、鬼殺隊の中でも「始まりの呼吸の剣士」として伝わるだけで、素顔はほとんど知られていません。
そんな謎多き剣士の素顔を知る数少ない人物が炭吉で、縁壱から受け継いだものとその経緯を、子孫の炭治郎に「正しく伝えるため」に登場させた、と考えられます。
そして炭吉が作中で最初に出てくるのは、遊郭での戦いの後、炭治郎が2か月に渡って気を失っていたときでした。
なぜこのタイミングで初めて出てきたのか?
まずひとつは、遊郭後の炭治郎はかなりの重体で、その眠りはとても深いものだったと思われます。
深く長い眠りの中にいたからこそ、遠い遠い昔の先祖の記憶を夢に見ることができたのではないでしょうか。
自分の記憶ではなく先祖の記憶が夢に出てきたのは「記憶の遺伝ではないか」と、刀鍛冶の里にいた少年・小鉄君が教えてくれました。刀鍛冶の間でも、自分が経験していないことに覚えがあったりすると「先祖の記憶が遺伝している」と考えられているそうです。
そして、炭治郎が先祖の記憶を夢に見たもうひとつの理由として、鬼舞辻無惨との直接対決が少しずつ迫っていたことを暗示していたのではないかと考えました。
お館様は、100年以上も倒せていなかった上弦の鬼を、宇髄天元を筆頭とした鬼殺隊士(&宇髄の嫁)たちの活躍で倒せたことに手応えを感じていました。
しかし、無惨を倒すためには、やはり無惨が唯一恐れた縁壱の『日の呼吸』が必要で、それはつまり、現代において『日の呼吸』の唯一の継承者である炭治郎の存在が不可欠だということになります。
竈門家の人間の中で、刀を握って鬼と戦うのはおそらく炭治郎が初めてで、炭吉から繋がる記憶(=縁壱について)を子孫に伝えるときがついにやってきた、という状況だったのではないでしょうか。
縁壱のことなら黒死牟も知っているが?
上弦の壱・黒死牟は縁壱の双子の兄で、縁壱の幼少期、そして共に鬼と戦った鬼殺隊時代のことは、黒死牟の過去として作中で語られています。
鬼殺隊時代のことについては『歴代炎柱の書』にも書かれていますが、幼少期は黒死牟しか知らないことでした。
ただ、それはあくまで当時の炎柱や黒死牟から見たものであり、縁壱自身が本当は何を思っていたのかを知ることはできません。
しかし、炭吉は縁壱本人から話を聞いていたのです。
普段は物静かだった縁壱が「誰かに聞いて欲しかった」と言って語り始めたその過去は、遠い未来の子孫の中にも記憶として受け継がれるほど、とても深いものでした。
そして炭吉自身が見ていた光景がそのまま記憶として遺されていたことで、後に炭治郎は自身が継承していた『ヒノカミ神楽の型』が、縁壱の『日の呼吸の型』とほんのわずかなズレがあることに気づき、修正することができた=無惨を倒すことに繋がったのです。
炭吉と継国縁壱の出会い
戦国時代に生きていた炭吉は、大正時代の炭治郎たちと同じく、炭焼きの仕事をしていました。
一方の縁壱は、武士の家に生まれたものの、次男であったために跡継ぎにはならず、7歳のときに家を出ています。
そんな二人が出会ったのは、何がきっかけだったのでしょう?
鬼に襲われた炭吉夫婦を助けた縁壱
炭吉夫婦は、妻・すやこが臨月だったときに鬼に襲われています。
しかし、たまたまそこに現れた剣士によって助けられ、それを機にその剣士との交流が始まりました。
その剣士こそ、鬼舞辻無惨が唯一恐れた最強の男・継国縁壱だったのです。
なぜ縁壱は炭吉たちの前に現れた?
実は炭吉たちが住んでいたのは、かつて縁壱が妻の「うた」と暮らしていた場所でした。
しかし、臨月を迎えていた「うた」は、縁壱が産婆を呼びに行って家を空けているとき、お腹の子供とともに鬼に殺されてしまいます。
その後、縁壱はその家を出て鬼狩りの剣士となり、鬼殺隊に入隊。
炭吉たちは、あばら家になっていたその「縁壱とうたが暮らしていた家」を見つけて移り住んでいたのです。
そして、しばらく帰っていなかったその場所へ縁壱が行ったときに、鬼に襲われている炭吉たちを見つけ、助けたのでした。
縁壱さんは、お兄さんが鬼になったことなどを他の剣士たちから咎められ、鬼殺隊を追われました。炭吉さんに出会ったのは、鬼殺隊をやめたあとのことです。鬼殺の剣士ではなくなっても、人間を守らなければという気持ちは変わらなかったのでしょうね。
その後、救われていたのは縁壱の方
炭吉たちを助けた縁で、縁壱はときどき炭吉たちを訪ねるようになります。
すやこが産気づいたときは、縁壱が産婆を呼びに行ってくれました。
かつて、自分が妻のために産婆を呼びに行っている間に、妻とお腹の子供が殺されてしまっていた縁壱にとって、自分の妻と子供にしてやれなかったことを炭吉一家にしてあげられたことは、縁壱自身の救いにもなっていたのです。
炭吉の家は、鬼殺隊を抜けてからの縁壱が安らげる唯一の場所だったのかもしれません。
炭吉に語った縁壱の過去
何度か炭吉たちを訪ねているうちに、縁壱はこの家族の温かさ、誠実さを感じ、心許すようになっていったのでしょうか。
それまで誰にも話したことのなかった自分の過去を、縁壱自身が望んで話し始めます。
縁壱が語った過去①母・朱乃(あけの)
双子の弟として生まれた縁壱は、父親からは「跡目争いをもたらす忌みの子だ」と疎まれていました。
それでも、母・朱乃さんの深い愛情に包まれ、静かに暮らしていたのです。
しかし、7歳のときに母が亡くなると、本来なら10歳になってから行くはずだったお寺へすぐ発つことを決意。
ところが実際に寺には行っておらず、その後しばらくについては、双子の兄さえ知らない状態が続いていました。
縁壱が語った過去②双子の兄・巌勝(みちかつ)※後の黒死牟
縁壱は、父に怒られても自分に会いにきてくれる兄を、とても優しい人だと思っていました。
ところが、兄が剣術の指南を受けているときに、自分もやってみたいと申し出て試しに打ち込んでみたところ、とてつもない剣の才能が発揮されたのです。
それ以来、巌勝の縁壱を見る目が変わり、しきりに剣術のことを聞いてくるようになりました。
しかし、本当は兄と双六や凧揚げがしたいと思っていた縁壱は、次第に居心地の悪さを感じるようになり、自分をかばってくれていた母が亡くなると、それを機に「兄のためにも自分はいなくなった方が良い」と考え、家を出たのです。
実際、兄の巌勝も周りの大人も、縁壱の剣の才能を知ると「跡継ぎに据えるべきは長男の巌勝ではなく縁壱の方だ」と考え始めていて、特に兄は「自分の方が寺に行かされるのでは」と不安を感じていました。
しかし、縁壱は兄と跡継ぎ争いをする気など毛頭なく、自ら身を引いたのです。
縁壱は病で弱っていた母を支えていた。その母が亡くなったことで、自分が継国家にいる理由もなくなったと思ったのかも知れない。
大人になって兄弟が再会したのは、兄とその部下たちが鬼に襲われていたときで、すでに鬼殺の剣士だった縁壱が助けています。
その後、兄は縁壱に負けたくない一心(嫉妬心の塊だった)で、妻も子供も捨てて鬼殺の剣士となりました。
しかし縁壱の方は「部下を殺された兄も協力してくれた」と語っていて、兄弟の思いがすれ違っていることが伺えます。
巌勝・縁壱兄弟の思いにつきましては、兄が弟へ渡した「笛」を通してこちらの記事で紹介していますので、ぜひご覧ください。
縁壱が語った過去③妻・うた
「寺に行く」と言って家を出た縁壱でしたが、実際には寺には行っておらず、あてもなく走り続けていたときに出会ったのが「うた」でした。
縁壱は自分と同じく家族がいなかった「うた」と一緒に暮らすようになり、10年後、夫婦となります。
しかし、二人の子供がお腹にいるときに「うた」は鬼に殺され、縁壱は妻と子供を同時に失ってしまったのです。
その後、縁壱は鬼殺の剣士になりますが、そのことが「自分がなぜ剣の才能を持って生まれてきたか」を知ることに繋がっていきました。
縁壱が語った過去④宿敵・鬼舞辻無惨
縁壱は武士の家系に生まれていますが、争い事は好まず、静かに穏やかに暮らしていくことを望む人間でした。
そんな自分に人並み外れた剣の才能が与えられたのはなぜなのか、縁壱はずっと不思議に思っていたようです。
しかし、鬼殺の剣士となった後、鬼の始祖・鬼舞辻無惨に出会った瞬間、その理由と自分の使命を理解したのでした。
このときの勝負は圧倒的に縁壱のものでしたが、生き続けるための手段を選ばない無惨は、自分の肉体を分裂させ、切り刻めないほどに細かくなった肉片だけで逃げ延びます。
「自分が鬼の始祖にとどめを刺せなかったために、今後もたくさんの人が殺されてしまう」、そう感じた縁壱は、この後ずっと心を痛めて生きていくことになったのでした。
縁壱さんが無惨に出遭ったとき、無惨が連れていた女性は珠世さんです。すでに鬼になっていましたが、珠世さんが無惨を憎んでいることを知った縁壱さんは、無惨を倒す手助けを頼んでいます。珠世さんが200年以上生きていることは浅草で聞いていましたが、実はその倍の400年以上も生きていたんですね。
炭吉が縁壱に誓ったこと
兄が鬼になり、妻を殺された縁壱には家族がいませんでした。
何度か炭吉の家を訪ね、炭吉たちの娘・すみれの成長も見守ってきた縁壱でしたが、やがて皆の前から姿を消すことになります。
しかしその前に、炭吉に2つの置き土産をしていきました。
それが、あの太陽モチーフの『耳飾り』と、後にヒノカミ神楽となる『日の呼吸』だったのです。
『耳飾り』の継承
かつては炭吉から「あなたのことを後生に伝えていく」と言われても断っていた縁壱でしたが、すみれの成長、そして新たな命の誕生を目の当たりにしたことで「後生に伝える、継承していく」ということへの思いが芽生えたのでしょうか。
ある日、子供の頃からずっとつけていた耳飾りを炭吉に渡したのです。
幼い頃に母親からもらった大事な耳飾り、それを炭吉に渡したということは、やはり縁壱は炭吉たちにただならぬ縁を感じていたと思われます。
そして炭吉も、それをただ「もらった」のではなく「託された」と受け取り、継承していくことを誓ったのでした。
『日の呼吸』の継承
炭吉たちは武士ではありませんので、刀を持っていませんでした。
それにもかかわらず、呼吸の型を習得して継承していくことができたのは、炭治郎にも通じる「真面目で誠実な家系」のおかげではないかと思われます。
美しい『日の呼吸』
裏のない、素朴で無邪気なすやこのお願いをきいて、その型を見せてくれた縁壱。
このときは、その呼吸の型を継承していってもらうことなど、考えてはいなかったでしょう。
その型を見たいという「心の恩人のひとり」の願いだったので、精一杯、やって見せてくれたのだと思います。
その場にいた炭吉もまた、「継承するためにしっかり見ておかなくては」などという義務感を持って見ていたわけではありませんでした。
しかしこのときの縁壱と「日の呼吸の型」は、目に焼き付けずにはいられないほど美しかったのです。
鬼殺隊にとっての「呼吸の型」は、主に攻撃のときに使われますが、縁壱の型は、刀を持たない炭吉には「舞」のように見えたのですね。
呼吸の型で攻撃以外のものは、冨岡さんの「水の呼吸・拾壱ノ型・凪」や、伊之助の「獣の呼吸・漆ノ型・空間識覚」などがあります。
繋いでいく決意
炭吉は、縁壱から何かを「継承してほしい」と頼まれたわけではありませんでした。
特に『日の呼吸(の型)』については、ただ「すやこにせがまれたから」という理由で見せてくれたにすぎなかったと思います。
しかし、実際にそれを見た炭吉は「これは継承されていくべきものだ」と感じ、命の恩人でもある縁壱のために、自分から「後生に伝える」と縁壱に約束したのです。
それまでずっと辛い思いをしてきた人が、自分のことを認められて心からホッとした瞬間というのは、ここまで穏やかな表情になれるものなのですね。
無限列車編の最後、煉獄さんが見せた笑顔ととても似ていると思います。
炭吉は、縁壱がこんな表情を見せてくれるほどに心を開いていた人物でした。
そして炭吉が縁壱に誓った約束は、竈門家の人間がずっと守り続けていて、戦国時代のはるか未来の大正時代、いえ、令和の時代(炭治郎の玄孫)にまで受け継がれているのです。
まとめ
継国縁壱の「縁壱」という名前は、「人と人との繋がりを何より大切に」と願って、母の朱乃さんがつけたものでした。
やがて縁壱が炭吉と出会い、その思いが継承されていったことで、母の願いも叶ったと言えるでしょう。
炭吉たちが、かつて縁壱の住んでいた家を見つけたのも、鬼に襲われているときに縁壱がそこに現れたのも、必然だったと思えてなりません。
そして、鬼舞辻無惨の「ほころび」は、かつて自分を追い詰めた縁壱と深い縁のあった竈門家を襲ったことから始まります。(縁壱と縁があったことは知らずに襲っています)
炭吉の子孫が仲間たちと共に無惨討伐を成し遂げてくれたことで、縁壱もようやく安らかな眠りにつくことができたでしょう。
『継国縁壱』と、『炭治郎の耳飾り』につきましては、下記の記事で詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
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